上新町の曳山

詳細は八尾町観光協会のホームページをご覧ください。https://www.yatsuo.net/ythl

 

曳山の掛け声と永観坊

曳山は「ホリキノ ミッツノ ヨウカンボウ」の掛け声で曳き回される。この掛け声に漢字を当てると「法力 
密意 永観坊」となるという。永観坊(ようかんぼう)とは、京都市左京区にある紅葉の名所の禅林寺(永観堂;えい
かんどう)の7世永観律師のことである。もともと永観坊は東大寺の別当職にあった高僧だったが、あるとき宝蔵に
しまわれた阿弥陀如来の声を聞き、「衆生済度こそがこの仏の本願であり、しまっておくのはもったいない。」と
嘆いた。この嘆きが白川法皇の耳に入り、永観坊が禅林寺に持ち帰り、護持、供養することになった。
 永保2年(1082年)2月15日の朝、永観坊が禅林寺の阿弥陀堂本尊の周りを、念仏を唱えながら回っていた。永観坊
が自分の前を歩く人影に気づき、目を凝らしてみると、それは本尊の阿弥陀如来であった。あまりのことに永観坊
が立ちすくんでいると本尊の御仏は振り向かれ、「永観坊、遅いぞ」とおっしゃったそうである。これが全国でも
珍しい見返り阿弥陀仏の伝説である。左を振り返った阿弥陀如来の姿は「思いやり深く周囲を見つめる姿勢」「愛
や情けをかける姿勢」「遅れた者たちを待つ姿勢」と解釈されている。見返りの阿弥陀如来様は、正面に居て祈り
、念仏を唱える人々だけでなく、自分の横に居て目の届かない人々も置き去りにしない、最も慈悲深く、優しい阿
弥陀如来である。この見返りの阿弥陀如来に導かれ、修行を重ねた永観坊こそが、八尾の曳山の掛け声の出自とも
なっている。古くから「法力の秘密は永観坊にある。」「永観坊よ、秘密の法力を貸してくれ」といった掛け声で
曳山が曳き回されている。江戸時代の越中国八尾の町民文化が、時空を超えて平安時代の京都の永観堂と深く繋が
っていたことに感動を覚え、郷土の矜持としたい。